花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~
緊張感のない答えに思わずがくりと肩を落とす千歳。そんな千歳の右腕の袖を小梅が軽く引っ張った。
「小梅は違うよ。ちゃんとわかったよ」
ふふ、と普段と変わらないその笑顔が救いだ。そしてその一言が心底嬉しい。
だって綾人が思わず迷ったその相手……いきなり千歳に殴りかかってきた襲撃者は、千歳自身、自分がもう一人いると妙な錯覚を覚えるほどに、千歳とそっくりなのだ。迷うことなく自分のことを千歳だと小梅が言ってくれたのはとてつもない安心感と嬉しさで千歳を満たす。
「ありがと、小梅」
思わずお礼なんて言ってしまった。千歳の言葉に小梅はただただ笑みを浮かべたまま、何故お礼なんていうのだろうといった感じに軽く首を傾げてみせる。
「う~む……しかし」
ほのぼのと和む二人を他所に、綾人は襲撃者の方を振り返った。
「それはそれとして……じゃあ、あいつは誰だ?」
綾人がぼそりと呟いた一言に、千歳と小梅も視線をそこに向ける。三人の視界の先では、千歳そっくりなその誰かが、立ち上がり制服の裾に付着した土を軽く叩いていた。そんな仕草一つまで千歳と本当によく似ている。
自分に視線が集まったのに気がついた襲撃者が顔を上げた。
「お前……誰だよ」
顔を上げると同時に真っ直ぐに自分に視線をぶつけてきた相手に千歳は訊く。
「僕は、千歳だよ。加賀見千歳」
千歳と同じ顔で、同じ声で……すぐに返ってきた答。
「何言って……っ。加賀見千歳は俺だ」
表情一つ変えずいけしゃあしゃあと自分を名乗る相手にカチンと来て千歳が言い返す。相手は相変わらず表情を変えないまま、ただじっと千歳の目だけを見て、
「どうして?」
そんな言葉を呟いた。
「は?」