花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~
 
 うちつけた拳をがっちりと、一回り程大きな綾人の掌に掴まれても尚、じりじりと力押ししながら、表情は変えることなく襲撃者が言う。残念ながらそっくりな体格そのままに、力も千歳とそう変わらないようだ。パワー勝負で挑んだところで綾人に対抗できるわけもなくその拳がそれ以上先に進むことはない。
「まあまあ待ってよ。かわいい顔してるけど千歳っち結構怖いんだって。殴り返されちゃうよ……暴力反対~」
 苦もなく相手の力を受け止めつつ……素早く対応はしたものの、やはり緊張感のない口調は変わらない綾人。その台詞に少しばかり違和感を感じて千歳が怪訝な表情を浮かべる目の前で、綾人が何故か、にへらと笑みを浮かべた。
「うん。千歳っちが殴られるのも嫌なんだけど、君が殴り返されるのも嫌かな~……と、俺はそう思うわけ。…………せっかくの可愛い顔に、傷ついちゃうでしょ?」
「……何?」
 初めて、襲撃者の顔に表情が宿った気がした。少し引き攣るような……何かに怯えるような表情。
 綾人の台詞に思わず背筋を嫌な感触が走った千歳には、襲撃者の気持ちがなんとなくわかる気がした。千歳を名乗り、千歳そっくりな襲撃者。もしも、ドッペルゲンガーだというのなら……自分の分身的なものなのだとしたら……その感覚も自分と良く似たものなのではないだろうか。だとすれば、きっと今、自分と同じ悪寒めいたものを味わっているに違いない。

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