花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~
ドッペルゲンガー説も捨てがたいが、普通に考えて本当にあるなんてそう簡単に信じられる現象ではないし、何せ、相手は腕だって掴める生身の体なのだ。霊的存在に近いような言い伝えのドッペルゲンガーだと考えるよりも、どこかの誰か、そう……ただのそっくりな人間だと考える方が理に叶っている。
よく分らないうちにそこに居た、という話だから……何らかで記憶喪失か何かになった状態でたまたまそっくりの千歳がいる近くに来てしまった赤の他人とも考えられる。ドラマじゃあるまいし、その説だって普通には有得ない話ではあるが、怪奇現象よりはもう少し現実的かもしれない。
とりあえず、最初に自覚した場所から辿ってみれば――そう思って投げた質問の答えに従って連れてこられたのが、この校舎裏。
「ここ? ほんとに?」
「ここですか?」
「……なあ、千歳っち……もしかして……」
連れてこられた場所で、めいめい首を傾げる。最後に呟くように言った綾人の言葉に含まれた意図は千歳だけに伝わる。綾人が何を言いたいのか、千歳には心当たりがあった。
「ここだよ」
もう一人の千歳は、躊躇うことなくそこに手をかける。
「気が付いたら……この中にいた。何か、沢山散らかってる中にいた」
開かれた扉。狭い四角い空間には、今は何もない。そういえば今日は業者が回収にくる日だったし、千歳はバイトを休んだからここに来ていない。だから空っぽ。
「散らかってた、か。確かに……ちらかってたよなあ」