花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~
騒ぎの騒動の根源は理事長ということで落ち着いたものの、その意図はよくわからない。
「僕は、実験とやらの事故で生まれたっていうのか?」
一人、話から置いてけぼりをくらっていたその被害者の声に振り返る。
「じゃあ、僕は……千歳じゃないのか?」
どこかショックを受けたような表情で、もう一人の千歳は茫然と立っていた。
「僕は……作られた、モノ? 居なくなる……モノ?」
その顔が、みるみるまに歪む。
「え? わ……ちょ……っ」
綾人が驚いて声を上げるとほぼ同時に、千歳と同じ、釣り上がり気味の大きな黒い瞳から大粒の涙が零れた。
「僕は……偽者? コピー……じゃあ、じゃあ……消えなくちゃいけないのは……僕の…………ほう?」
ぼろぼろと涙を溢し始めた顔を見て千歳もギョッとする。
「いや、まて。あくまで仮定だし……いや、千歳は確かに俺なんだけどっ……でもだからってお前が偽者とかコピーとかってわかんないし。ほんとは只の別人なのかもしれないし……だから、うわ。泣くなって」
さっきまでほとんど無表情に近かっただけに、いきなり泣き出すそのギャップに驚いてしまう。しかも千歳自身泣くなんてことはないに等しいことだから、自分と同じ顔でそれをやられると非常に複雑な気分だ。
近寄れもせずオロオロする千歳と綾人の目の前で、ぶつぶつと呟きながら涙を溢しつづけるもうひとりの千歳。
そんな彼に、独り小梅だけが近づき、ハンカチを差し出した。
「どうして泣いちゃうのですか? ……ええと」