花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~
なんとなく、目を合わせるのは照れくさい気がしたので、目を逸らしぼそぼそと言う。そんな千歳を見て小梅が満足げな笑みを浮かべて何度も頷いた。
「ね、千早さん?」
「…………君の、言うとおりにする」
念を押すように重ねて言う小梅の言葉に、しばらくの沈黙の後、千早という新しい名前を貰った襲撃者は頷いた。そして袖口で目元をグイ、と拭う。
そんな仕草を見て、一同の間にホッとした空気が流れる。
「俺としては、別に千歳っちが二人ってオチでも大歓迎だけどな」
調子の出た綾人が軽口を叩く。
「いや、紛らわしいだろそれ……ってかお前まさか、俺でハーレムとか思ってないだろうな」
「さっすが千歳っち。鋭い!」
「あほか! 気色悪い!」
千歳は軽く拳を握り、綾人の頭めがけて斜め下から抉るように突き上げる。
「痛っ! 千歳っち痛いって! 後頭部殴ることないじゃんか~危ないって」
殴られて後頭部をさすりながら抗議の声を上げる綾人を見て小梅が楽しげに肩を揺らして笑う。
「…………あの」
そんな小梅に千早がおずおずと声をかける。小梅が振り返れば不安げな表情がそこにあり、それを見た小梅は、笑顔を崩さぬまま千早へと体ごと向き直った。
「大丈夫ですよ、千早さん。すぐにわかりますから。それに、あなたが誰でも消えたりなんてしないですよ。だって……」
だらりと体の横にぶら下がっている千早の右手に小さな手が触れる。
「千早さんが誰だって……今、ここにいるあなたはあなたでしょう?」