花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~
◆千歳と千早
学園の敷地の端。代々の卒業生が植えた記念樹が枝葉を広げる中、埋もれるようにひっそりと立つプレハブ小屋。木立の影に同化するように闇に溶け込んでいたそこに、ぽつりと明かりが灯る。
「入れよ」
入り口にある電気のスイッチを手探りで押して千歳はドアの前に立っているもう一人に声を掛けた。無言で頷いて言われるままに玄関の中に入ってくる、千早。
部屋の明かりを受けて、先ほど街灯の下で見たよりもさらにはっきりと見えるその顔はやはり千歳にそっくりだ。見れば見るほどに不思議な気分になる。
玄関を入ると短い廊下がありその両脇にそれぞれトイレとシャワー室がある。その前を通り過ぎてすぐある引き戸を開ければ八畳ほどの板張りになっておりそこが居住スペースになっている。部屋の隅には小さなキッチンが据え付けられていて、プレハブの中はちょっとしたワンルームアパートとそう変わらない造りだ。
千歳は先に立って進み、引き戸を開けて部屋に入ると、窓際のベッドにバッグを放り投げ、続けて自分も勢い良くそこに腰を降ろし、そのまま後ろに倒れこんだ。
「はあ……」
深く長い息を吐いて少しの間目を閉じたものの、部屋の入り口のところで固まったように動かない気配のことを思い出して、仕方なく瞼を上げる。
「突っ立ってないで座れば?」
ギシ、と備え付けベッドの安スプリングを軋ませて体を起こしながら、千早へと顔を向けて促す。ベッド横の板間には一応カーペットラグがひいてあり、小さなガラステーブルが一つ。散らかってるのが嫌いな千歳の性分を現すかのように、テーブルの上は実にすっきりとしたものだ。