花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~

「コーヒー……飲むか?」
 おずおずとカーペットの上に腰を降ろす千早に尋ねると、こくりと頷いたのでベッドから腰を上げてキッチンへ向かいコンロに火をつけた。
 千早は腰をおろしたものの、別段キョロキョロすることもなくじっとどこを見るでもなくぼーっと無言で座っている。
『参ったな……』
 内心で、千歳は一人呟いた。
 さあ帰ろう、という段階になって気が付いてしまったのだ。ゴミ捨て場からきたという、自分は千歳だということしか認識していない千早に……帰る家はない。本当はあるのかもしれないが、少なくとも千早にその記憶が欠落していることには違いない。
 とりあえず誰かの家に連れて帰るという話になったが、女の子の家にいきなり連れ帰るわけにはいかない。もっとも今回の騒動の原因と思われる人物は小梅の家にいるわけだが……まだ確定ではないだけにうかつに理事長の前に千早を連れて行くのは別の意味で危険を感じてしまう――しかも理事長は留守がちで、家にいるとは限らない。小梅と千早を二人きりにするのは何となく気が進まない……ということもあり小梅の家は却下。
 綾人が喜んで立候補したが、千早が無言ながらも気が進まない様子を見せ、その態度の原因を千歳はよくわかってしまったので無理だった。千歳を名乗るだけあり、綾人への態度を見る限り、どこか危機感あふれているその様子は、千歳とよく似ている。千早を綾人と二人きりにするのは、千早を小梅と二人きりにするのと逆の意味で危険だと感じた。



< 81 / 177 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop