花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~
「俺の服貸すから、それ。後で返しに行くぞ」
洗濯して返すのが筋だろうが、夜のうちに、出来るだけ早くにそんなものは返しておきたい。千歳がそう言うと、千早も頷いた。
「君の服ならぴったりだろうしね」
薄らと笑った気がする。
慣れて来たのだろうか……ここへくるまでも終始無言で黙々とついてきただけだったのに……笑ったのは初めて見たかもしれない。会ってすぐ、暫らくの間は人形のように無表情だったのに、泣いたのがきっかけだったのだろうか、あれから会話を交わすたびに表情豊かになっていく気がする。
やっぱり別人だ、とその笑顔を見て千歳は思った。自分は多分あんな笑い方はしない。千歳は喜怒哀楽ははっきり表に出るほうだと自覚している。あんな微妙な、控えめな笑い方はしない。
なんともいえない気分で千早から目を逸らし、やかんへ目をやると、注ぎ口から湯気が上がっている。もう頃合だろう。猫舌だから熱湯は苦手だ。熱湯手前ぐらいが千歳の好みだ。好みは似ているようだから千早もそれくらいでいいだろう。
別人とは思えど、似ていることは否定できない。姿かたちのみならず、綾人や小梅への反応を見ていて、感覚的な部分も似ているのだと……そう感じていた。
「ブラックでいいよな?」
「構わない」