花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~
いれたてのコーヒーを差し出すと千早は素直にそれを受け取った。
それにしても。素性や、自身の状況を把握できていない割に、裸は駄目だとか、服が無ければ部室をあたってみるとか、コーヒーの好みとか……そういう日常的な感覚や機転、行動、そして返事。そういったものには全く迷いらしきものが見えない。極自然に身についている、理解している風に見える。
小梅や綾人の昔話。そして千歳の仮定からすれば……純粋な人間とは違うものである可能性もなきにしもあらずなのだが、こうして見ているぶんには千歳に似すぎているということを除いて、人として違和感を感じる部分は見当たらない。
只単に、何らかの理由で一部の記憶が欠落した人間がいるようにしか思えないのだ。
「ほい、着替え。ついでにシャワー使っていいぞ。風呂とかも入ってないだろ?」
ついでに持ってきたタオルと一緒に、パーカーとスウェットを差し出す。普段千歳が部屋着にしてるやつのなかでも割合状態がいいもの。下着は買い置きのなかから新しくおろした。
「ああ……そういえば、はいってないね。この二日間はなんだか頭がぼーっとしてて、ずっとうろうろしてたから……そういえば寝てもいない」
飲みかけのコーヒーをテーブルに置いた千早が両手でそれを受け取り、少し何か思案するように呟く。返ってくる返事の言葉も増えてきた気がする。
「うん。じゃあ、借りる」