春夜姫
 どれほど経ったのでしょうか。
 ぱちん。暖炉の薪が高い音を立てました。目を開けた夏空は、はっとして当たりを見回しました。誰の姿もありません。
 ――あの声は。

『日がさすところ……』
 夏空は、大好きな歌を口すさんでみました。

『日がさすところ
 広がる希望
 一かけらの夢
 開け、開けよ
 光よ満ちよ』
 自分の耳に届く歌は、とても聞けたものではありませんでした。声は怒鳴り声のように汚いし、音程なんてまるでなっていません。

 道行く人が、南の国の民や家来たちが、兄や父母が誉めてくれたような歌声は、あの時、魔女に奪われたのです。その現実を思い知るのを恐れ、夏空は今の今まで歌うことから逃げていました。けれども――僕には歌が、あるんだ。歌が好きなんだから。
 夏空の瞳に涙が浮かびました。

 部屋には、太陽から今日最後の光が届いていました。
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