春夜姫
 夏空は遂に力尽きました。今夜はひどい吹雪で、先が全く見えません。体にぶつかる冷たい雪と水気を吸って重たい泥は、夏空の体力をどんどん奪いました。
 ――ここはどこだろう。もう、城の敷地には入ったのだろうか。
 雪の上に落ちた夏空は、消え行く意識の中でそんなことを考えました。そして、静かに目を閉じました。

「夏空よ」

 また、誰かに呼ばれました。それは懐かしい、ふるさとの父王のように感じました。




 白いひげのおじいさんが吹雪の中を静かに歩いて来ます。
「今度は儂が、お前を救う番じゃな」
 おじいさんはそう呟くと、夏空を吹雪から守るように、その傍に腰掛けました。
 朝方になって吹雪が止みました。おじいさんは微笑みを一つ残して、雪の上を吹く風と一緒に消えて行きました。

 北の国のお城に、静かな朝がやって来ました。その朝に起こった素晴らしい出来事を、繰り返しては語りません。
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