春夜姫
「……すると、約束の日までは残り四十日あまり」
「そうなのです。しかし僕はまだ、国のためになるものを見つけていない。それに」

 夏空は、南の空を見上げました。
「それに?」
「ここに来るまでに、五十日以上かかってしまった。約束の日までに帰れるだろうか……せめてその期日は守りたい。父上に会いたい」

 王子、と春夜姫は微笑みました。美しい微笑みです。
「はい」
「この城にある長靴をお使い下さいな。三日の道を一日で歩ける、魔法の靴です」
「それはまことですか!」
 夏空は頬を赤らめ、姫の手を取りました。
「ええ。城付きの魔法使いに用意させましょう」
「有難い……しかし」
 夏空の眉が、にわかに陰りました。
「また、あの森を通るのか」

 あの森。
「魔の森でございますね」
「ええ」
 春夜姫が声を失い、夏空が人間の姿と歌声を奪われた森です。二人はお互いを労るような目線を交わしました。
「いや」
 夏空は呟きました。
「ひょっとしたら、方法がなくはないかもしれません」
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