春夜姫
 その黒い犬は二人に向かって真っ直ぐに走ってきました。
「クロさん!」
 夏空も呼びかけ、クロの息遣いが届くほどの距離になろうとすると、夏空の腕をほどいて春夜姫が駆け出しました。

 ワン、とクロは吠え、千切れそうなほどに尻尾を振っています。春夜姫が腕を広げると、そこに黒い塊は風のように飛び込んでいきました。
「懐かしい! お会いしたかった」
 ワン、ワンとクロも姫との七年振りの再会が嬉しそうです。夏空もクロとの再会が嬉しくてたまりません。クロの声が、言葉として聞こえないことに気付くと、少しさびしさを感じました。

 クロは、二人をご主人のところまで案内しました。あの納屋です。
 春夜姫の姿を認めたクロのご主人は、はっと目を見開いて、そして手で顔を覆い、肩を震わせました。
「よかった……」
 春夜姫はその肩に触れ、そして手を取りました。
「あなたと、クロさんに、どうしても会ってお話ししたかったのです」
「姫様」
「さぞ、ご心配をおかけしたことでしょうから。お二方のおかげで、こうして今日、またお会いできました。こうして、お話しすることができます」
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