[短編]彩華
さく、さく、

歩く度、乾いた雪を踏みしめる音がする。

誰もいない。

まだ少し雪がちらつく表で、私は一人立ち尽くした。

はて、彼こと紅珠郎は帰ってしまったのだろうか。

それとも、このわずかな時間の間に何かあったのだろうか。

はたまた、彼なんて最初から来ていなかったのだろうか。

くるりくるりと、忙しく頭を働かせてみる。

しかし、だんだんにそれらが無駄な妄想茶番に過ぎないのが分かって来て、私はため息をついた。

男の一人、なんだと言うんだ。

全くもって自分で自分が分からなくなる。

毎日何十と言う男を見ている。

男の扱い方も大体知っているつもりだし、商品として愛される為に必要だと思われる教養は、身につけているつもりだ。

どうしてだろう。

どうして、彼はこんなにも私の心を掻き乱すのか。

あの男の深紅の瞳に見つめられると、何とも形容し難い、むずむずとした気持ちになる。

仮に、今訪ねて来たのが金持ちの佐久間や小本山だったら…いや、その二人だったとしても、私は走ったりなんかしただろうか。
< 12 / 30 >

この作品をシェア

pagetop