[短編]彩華
「今をどれだけ愉しめるか」

それが一番の問題なのよ。と彼女は笑って言った。

要するに、明日はどうなるのか。とか将来、あの人と私はどうなるのか。とかそんなことは、考えるだけこの世界では無意味なことらしい。

当店で売り上げ一番のおえんは、鏡の前で奇妙な色に染め付けた髪を弄っていた。

唇に盛った紅が、色っぽい。その唇から溢れる言の葉は、何時だって快活だった。廓の中では年輩の方だし、彼女の左眼は病魔に憑かれて何も映さない。だが、どうしてあんなに売り上げが有るのかは、何となく、分かる気がした。

「おきょうも、今を大事にしなさいな。今を。」

振り向く。彼女は何時も眼帯で左眼を隠している。瞳は見せない。彼女曰く、女は多少の秘密を孕んでいた方が魅力的に見えるらしい。

ゆっくりと立ち上がって、部屋を出た。

廊下の開放した窓からは、柔らかな陽が射し込んで来る。ひょいと外に顔を出すと、通りの桜並木は満開の様だった。

(私の部屋からも、見えっかなぁ)

今日は、あの人が来るのだ。何故だか解らぬ甘い疼きをくすりと笑い飛ばして、足取りも軽く、私は座敷を目指した。
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