[短編]彩華
***
「くちなは、居るかぁ?」

道がてら、私はひょいと隣の部屋を覗いてみた。

紙の様に薄い敷き布団と掛け布団に挟まれて、くちなははすやすやと眠っていた。

平生から白い肌は、いよいよ透ける様に白く、頬にも紅が差していない。

死体の様だ。と、一瞬眉を寄せた後、彼女の枕元に座る男と目が合う。

「さっき眠ったところだ。」

一見すると、彼の顔には少年のあどけない表情が残っている。確か話しではどこぞやの城主だとか地主だとかの跡取り息子らしい。

どうして、そんな大層な御身分の方が、こんな寂れた遊女屋の、しがない女に惚れ込んでしまったのか。

私には、未だに理解の外だった。

吉原の掟で、遊女は誰でも、二十七になれば此処から出ていくことができる。

だが、遊女の大半は、その前に死んでしまう。誰彼と交わっているから、私達遊女は病に憑かれ易いらしい。

くちなはも、先が永くないことは目に見えていた。

(今、とても幸せさ。私は、あの人が好き…。)

くちなはが、床に伏せるようになり始めた頃に、彼女はそんなことを言っていた気がする。

「そいつのこと、よろしくなぁ。」

くちなはの殿は私の声が耳に入っているのかいないのか。遂に彼女から視線を外すことはなかった。

確実に死が迫っている今この瞬間でも、彼女は幸せなのだろうか。

私には、分からない。
< 20 / 30 >

この作品をシェア

pagetop