[短編]彩華
この空気、この口振り、二三日で済む野暮用に出掛けるのでは無いことは、火を見るより明らかだ。
彼、紅珠郎は、その業を決して私に教えてくれない。
見てくれは武士のそれだが、聞けば、必ず人斬りだと嘘をつく。
出産の際に母が死んで、引き取られた先の養家で、まるで彼が母を殺めたかの様に教えられたらしいという事を、話の端々から私は知った。
しかし、だから何だと言うのだ。聞いたところだと、彼には金も、地位もある。そんな男が、そもそもなぜこんな所に来たがるのか。なぜ私の様なあばずれと逢いたがるのか。
分からない。
「何年掛かるか分からないが、必ずまた逢いに来る。」
ぼそりと、不器用に紡いだ、温かくて、優しくて、きっと本心から零れ落ちたであろう、紅珠郎の言の葉。
心を塞き止めていた何かが、関を切って溢れ出した。
「…紅珠郎さん、さようならですね。」
もう、止まらない。自分でも、何がなんだか、分からない。
空気が、冷たく為って行く。
紅珠郎は、起き上がって、こちらを向いた。綺麗な紅の瞳が細められる。なぜ。彼は言っていた。
籠の鳥は、きっと外へは出られないだろう、そう思った。
私ももう結構な歳だし昔は、格付けも大したことなかったころは、それこそ誰彼と交わっていたのだから。生きる為に。
紅色の瞳が、早くと急かす。その紅に射貫かれると、決まって胸が息苦しさを覚える。同時に、密やかな歓びによく似た物も感じる。
全く、この男と居ると自分でも手に負えない様な、厄介な念が生まれるのだ。
失いたくない。
消し去りたい。
逢いたい。
顔も見たくない。
傍にいたい。
離れていたい。
強く抱き締めていたい。
それでいて
手酷く傷つけてみたい。
自分自身に憎悪する。
嗚呼、愛しい。
只、先の見えない、しかも薄暗い未来を、明るく見据える事なんてとても出来なかった。
私は、遊女。あんたは、侍。何もかもが違い過ぎる。
この淀めいた気持ちが愛だと言うのなら、愛など知りたくもない。
そう、思った。
彼、紅珠郎は、その業を決して私に教えてくれない。
見てくれは武士のそれだが、聞けば、必ず人斬りだと嘘をつく。
出産の際に母が死んで、引き取られた先の養家で、まるで彼が母を殺めたかの様に教えられたらしいという事を、話の端々から私は知った。
しかし、だから何だと言うのだ。聞いたところだと、彼には金も、地位もある。そんな男が、そもそもなぜこんな所に来たがるのか。なぜ私の様なあばずれと逢いたがるのか。
分からない。
「何年掛かるか分からないが、必ずまた逢いに来る。」
ぼそりと、不器用に紡いだ、温かくて、優しくて、きっと本心から零れ落ちたであろう、紅珠郎の言の葉。
心を塞き止めていた何かが、関を切って溢れ出した。
「…紅珠郎さん、さようならですね。」
もう、止まらない。自分でも、何がなんだか、分からない。
空気が、冷たく為って行く。
紅珠郎は、起き上がって、こちらを向いた。綺麗な紅の瞳が細められる。なぜ。彼は言っていた。
籠の鳥は、きっと外へは出られないだろう、そう思った。
私ももう結構な歳だし昔は、格付けも大したことなかったころは、それこそ誰彼と交わっていたのだから。生きる為に。
紅色の瞳が、早くと急かす。その紅に射貫かれると、決まって胸が息苦しさを覚える。同時に、密やかな歓びによく似た物も感じる。
全く、この男と居ると自分でも手に負えない様な、厄介な念が生まれるのだ。
失いたくない。
消し去りたい。
逢いたい。
顔も見たくない。
傍にいたい。
離れていたい。
強く抱き締めていたい。
それでいて
手酷く傷つけてみたい。
自分自身に憎悪する。
嗚呼、愛しい。
只、先の見えない、しかも薄暗い未来を、明るく見据える事なんてとても出来なかった。
私は、遊女。あんたは、侍。何もかもが違い過ぎる。
この淀めいた気持ちが愛だと言うのなら、愛など知りたくもない。
そう、思った。