赤の世界
 
「失礼します」

雪の父親は堅くそう言って
病室の中へ入ってきた。

「…久しぶりだね。悠君」

雪の父親に会ったのは
交通事故の前以来だ。

昔は威厳のあった
父親の顔つきが

今はとても脆そうな表情で
眉を下げている。

雪の母親は慎ましく
そんな父親の横に立った。





「体の具合はどうだい?」

低いのに優しい声がそう言う。

「…もう大丈夫です」

「そうか。それは良かった」

彼はそう言うと重たい足取りで
ベット横の椅子へ座る。

母親もそれに続いた。





「記憶が戻ったんだってね」

低い声が響く。

「…はい」

俺は目を伏せて答えた。

「俺は長い間…」

「彼女の事を忘れていました」

悔しさに目が涙で滲むと
母親も同じように目を潤ませる。

「いいんです」

「あなたが雪の死を拒絶するほど」

「雪を想ってくれたのだと」

「私達には分かります…」

寂しそうな声だった。



 
< 149 / 186 >

この作品をシェア

pagetop