Blood†Tear
姿を消したエルウィンのその後ろ姿は悲しく見え、バイオリンの入ったトランクを抱えるティムリィは溜め息を吐く。
「何を根に持っているのやら……憎しみを向ける矛先を間違えているのではなくて……?」
エルウィンの姿を見送りながら呟くと、彼女はライアと向き合った。
「何が起こるか分からないこの世の中、飼い犬に手を噛まれないようお気をつけくださいね」
トランクを両手で抱える彼女は悪戯に微笑みリビングから出て行く。
「それではまたの機会に。御機嫌よう、偽りの女神様」
今度は先程とは違いにこやかな笑顔を見せると、頭を下げ静かに扉を閉めた。
「まるでジキルとハイドだな」
「彼女も色々あるのさ。君だってそうだろ?スティング」
静まり返るリビングの中、ティムリィの変貌ぶりに苦笑するスティング。
頭の後ろに腕を組みくつろぐ彼に意味深な言葉を吐くライアは嫌味に笑う。
「あの中に一体何人、僕を本当に信頼している人がいるのやら……」
ぼそりと呟くと、ふっと蝋燭の火を消し席を立ち、窓辺の方へと歩いて行く。
「否、信頼なんていらないか……そんなもの、何の役にも立たちやしない……
彼等は、この腐った世界を破滅へと誘う、只の駒でしかないのだから……」
窓枠に腕を乗せると、空を見上げた。
雲に姿を隠す事なく、その姿を露わにする綺麗な満月。
彼はネックレスを引っ張り出し、それに付けられたら指輪を手に取ると満月に翳した。
「今日は月が綺麗だよ……ねぇ、君は見てる……?大切だった、愛しき人……」
此処に居るスティングにではなく、他の誰かへと向けられたその言葉。
指輪の穴から満月を覗く彼の後ろ姿を、スティングは心配そうに見つめる。
何も声をかける事なく、只無言で彼を遠くから見守った。
吹き込んだ夜風に揺れる炎。
全ての蝋燭の火が吹き消され、リビングを暗闇が占拠する。
消えた蝋燭から煙が昇る中、2人の姿は既に其処から消えていた。