Blood†Tear
「…辛かったでしょう……苦しかったでしょう……よく耐え抜きました……」
話を聞き終えたシェイラは彼女を抱き締めそっと囁く。
思いもしなかった出来事に彼女は驚くが、シェイラは気にする事なく彼女の頭を優しく撫でる。
「…マット・ディレクト……」
レグルはその名を呟くと、顎に手を添え考える。
マットと言う男性との面識はないが、彼の事はコウガ達から話に聞いている。
少女の姿をしたアンドロイドを連れる化学者の男。
ライアと行動を共にする物であり、自分達と相容れない存在。
人と同等以上のものを造り出す事が可能だと言う事は、この世界を変えた後、人間をも創り変えるつもりなのかもしれない。
彼等の目的の先がわからない。
レグルは溜め息を吐くとソファーに深く腰掛け目を瞑った。
「…ん……?」
肘掛けに置く左手に何か違和感を覚え片目を開ける。
彼の青い瞳に映ったのは、広いローブの袖から覗く細い指先。
女性は不思議そうな顔をしながらレグルの手に触れていた。
「…人というのは温かいのですね……」
見た目は人と変わりないのだが、体温を持たない彼女。
シェイラに抱き締められ人の温もりを知ったのか、確かめるようにそっと彼の手に触れる。
人な心を持ち、感情を持った彼女。
しかし、今目の前に居るのは人ではない。
人の手によって造られた人形。
本来存在しないもの。
在ってはならないもの。
ふとそんな言葉が頭を過ぎり、彼は開けた片目を再び閉じると彼女の手を優しく握った。
初めは驚きもしていたが、彼女は彼の手の温もりに微笑むと目を閉じる。
肌寒くなり、席を外していたシェイラ。
温かい珈琲を用意し戻ってみれば、手を握りながら眠りにつく2人の姿。
微笑ましいその姿にクスリと笑うと、起こさないようそっと毛布をかける。
そしておやすみなさいと静かに呟くと、仄かに点っていた灯りを消し其処から立ち去るのだった。