Blood†Tear
静まり返った湖のほとり、2人の男女が木陰に座り込む。
その身体は互いに血まみれで、辺りには血痕が散っていた。
木の葉に溜まっていた雫が、眠るように目を瞑るアンバーの頬に舞い降りる。
その雫が頬を伝い消えた後、それとは異なるもう一粒の雫が舞い降りた。
「…アンバー……」
ギュッと彼女を抱き締めるレグル。
何度その名を口にしようが、返事は返ってはこない。
救えなかった。
只その言葉だけが頭の中をさまよい続ける。
造られた存在の彼女だが、そんな彼女にも生きる権利はある筈だ。
他者の身勝手で存在を消していい訳がない。
人ではない彼女だが、人よりも人間らしい一面を持っていた。
誰よりも純粋で、真っ直ぐで、笑う事だってできた彼女を救いたいと、手を貸したいと、そう思っていたのに何もできなくて、結局彼女を救えなかった。
何て無力で、何て愚かなのだろう。
救いたい者も救えない、護りたい者さえ護れやしない。
そんな自分は能なしで、無能な存在だ。
暫く彼女を抱き締めた後、身を離したレグルは左耳に付けるピアスを引きちぎり、それを彼女の手に握らせた。
「…すまない、アンバー……」
その手を胸の前に組ませると、彼女を抱え湖手前まで歩いて行く。
そして彼は、穏やかに眠る彼女を水面に乗せ、彼女を支えるその手を放す。
支えを失った彼女は重力に従い湖の中へと身を沈める。
綺麗な髪は揺れ、黒血は洗い流される。
今手を伸ばせば、そのか細い腕を掴む事ができる。
何処か深い闇に飲み込まれて行くそんな気がして、レグルは地につけていた手を湖の中へと突っ込んだ。
しかし、彼を止めるかのように隠れていた梟が音を立て羽ばたき、伸ばされた手を拒むかのように更に深く彼女は身を沈める。
その音に進める手を止めた彼は、遂に手の届かなくなった彼女を無言で見つめた。
青い双眼にその姿を焼き付けるようにじっと、見えなくなるまでずっと、彼は彼女の姿を瞳に映し続ける。
そして彼女は、深い深い湖の底に、眠るように姿を消した。