Blood†Tear
ポタリ、ポタリと毛先から雫が零れ落ちる。
閉じていた瞳をそっと開け、伏せていた顔を上げたシェイラは揺れる瞳をティムリィへと向けた。
「大嫌いでしたよ、貴女の事なんて。幼い頃からずっと、ずっと今まで、貴女の事なんて好きじゃなかった」
空になったティーカップは細い指から離れ、床に転がり割れてしまった。
彼女の言葉にドキリと心臓は跳ね、陶器の割れる音に身は震える。
「誰からも愛され可愛がられて、大切に育てられてきた貴女の事なんて好きになる訳ないじゃないですか」
並べられたクッキーを口に運ぶティムリィは組んでいた脚を組みかえシェイラを見下ろす。
「確か、貴女私より2つ年上でしたよね?28歳の筈なのに、18歳のままのその姿は滑稽と言うか何というか……」
口元に手を添えクスリと笑うと、今度は鋭く目を尖らせシェイラを睨む。
「覚えていますか?私が8歳の誕生日を迎えた日、貴女が私に言った言葉を」
「8歳の誕生日に…言った言葉……?」
過去に遡り思考を巡らすが、18年前の幼い記憶は曖昧なもので、思い当たる節は見つからない。
彼女の気に障るような事を言った筈なのだが、シェイラ自身は何を言ったのか検討もつかなかった。
「やはり覚えていませんか。興味の無い事ですもの、仕方ありませんわ。ですが、今に思い出させて差し上げますよ、あの日の出来事を」
年期の入ったバイオリンにそっと触れ、彼女はその音を奏で始める。
それは彼女が幼い頃によく弾いていた、メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲ホ短調。
初めて出会った18年前のあの日も、確か彼女はこの曲を弾いていた。
とても綺麗で洗練された音色を奏でていると言うのに、その音には何の感情もこもらない。
喜びも悲しみも、怒りも苦しみも、楽しささえも感じない無感情な音色。
自分で望んで奏でていると言うよりも、誰かから無理やり弾かされているように音を奏でるその姿。
指は覚えた通り弦に触れ弓をひく。
途中で弦が切れ、演奏が途絶えた所で彼女はシェイラを見下ろした。