魅惑のヴァンパイア
「嘘でしょ……」


試しにドアに向かって椅子を投げてみたけれど結果は同じだった。


床にすら衝撃を与えられない。


失望感で頭が真っ白になった。


再びドアが開く音がして、肩がビクっと上に動いた。


次に現れたのは、細身の燕尾服を着た、髪型がオールバックの男性。


細い銀縁の眼鏡の奥には、オリーブ色の双眸が光っていた。


湯気が立っている食事を持って、足元に転がっている椅子を見つめた。


両手が塞がっているので、椅子をどかせない。


どうするのかと見ていたら、瞳の色がほんのり紅くなった。


すると椅子が、誰も触っていないのに宙に浮いて、フワフワと動きながら元の場所に戻っていった。


口を開けて、その様子を見つめていたら、艶のある黒髪の男性が、食事をベッド脇の机にコトリと置いて微笑んだ。
< 38 / 431 >

この作品をシェア

pagetop