捕食者の季節
『あのボート、岐阜からでしたわ』

松下が
いつもの咥えタバコのまま北川に話す。

今朝も
冬の湖北らしいぼんやりした天気だったが

地の底から音もなく這い上がる冷気が
空気そのものを凍らせる

松下が
鼻と口から

北川に話す都度
白い息と煙を盛大に垂れ流していた

『岐阜県から?』

『はあ…家族の話やと、家を出たのは三日の夜ですわ』


―ということは
『やはり昨日の早朝に舟をここで下ろして―』

『ですなあ。港出てすぐに、そう沖合に出てへんうち―』―遭難した

松下はそう言いたいらしい。

それが『事故』にせよ
或いは『事件』だとしても

北川も同意見だった。


あの捨男という老漁師の
『えり』
に無人の舟が"引っ掛かっていた" ということは

そうそう沖合に移動していたはずがない。
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