多幸症―EUPHORIA―
 そうか、自分が海に行きたいなんて言いながら、本当はぼくのために言ってるのか。
 森野はいつだってそうだ。
 優しさを押しつける訳でも無く、ちょっとした悲しみを見つけ出し、一緒に笑顔にしてくれる。

 ぼくはいつの間にか首を縦に振っていた。
 タイミングのいいことに明日は暇を持て余す予定だった。

『じゃ、決まりっ。明日、学校に九時集合だよ』

 そう言うと、森野は机から飛び下りた。

 突然。
 教室にけたたましい音の激しい音楽が流れた。どうやら、森野の携帯の着信音らしい。彼女はてっきり、同年代の可愛らしい女の子が唄うような明るくポップな音楽を好むと思っていたので、着信音を聞いて少し驚いた。
マイケミカルロマンスとは、なかなかいかしたセンスかも知れない。

『うわっ、』

 森野は必死でスカートのポケットを探っている。

『はいはぁーい』

 言いながら、見つけ出した携帯電話を耳に当てると、明らかに挙動不審になっている。これから電話の相手と会う約束でもしていたのか、鞄を掴むと、ぼくに謝る様にジェスチャーをしながら慌てて教室を出て行こうとする。
 ぼくはその慌てっぷりが可笑しくて、笑いを堪えながら手を軽く振って見送った。



(『多幸症―EUPHORIA―③』橘亜草の場合(一)/了)
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