多幸症―EUPHORIA―
 翌日、約束通り学校の前で待っていると、私服姿の森野が現れた。黒のタンクトップにジーンズ生地のショートパンツ。赤いキャップからは栗色の髪がはみ出している。小柄で子供っぽい森野がそういう恰好をしているから余計なのか、私服だと中学生くらいに見えなくもない。

『おはよ。えっ、うそー。なんで、亜草くん制服なのっ。私服見たかったのにぃ』

 森野は会って早々、大きな声を上げた。
 私服姿なら雑誌でいくらでも見られるだろうに。
 それでも、ぼくを見る森野は明らかにがっかりした顔をしている。
終いには、うう、と泣きそうな声を漏らした。

『ちょっと、先生に用事があってさ。私服で学校に入る訳にいかないだろ、』

 森野は仕方ないか、と言いながらも口を尖らせている。それが駄々をこねる子供みたいで面白かった。

『また今度ね』

 すると、途端に森野の眼が輝く。なんて分かりやすいんだろう。

『絶対だよ! やったー』

 森野の機嫌が治った所で、ぼくたちは学校の前のバスから、海に向かうことにした。

『そういえば、俊一郎には何か言ってきたの?』

 一番奥の席に隣り合って座ると、ぼくは今更すぎる質問を投げ掛けた。
 俊一郎というのは、森野の彼氏の名前だ。
 何かごたごたが起きては後々面倒だ。男女問わずに懐いてくる森野には、恐らく気にする問題じゃないのだろうが。気にしていたら、学校で待ち合わせなんかする訳が無い。

『俊ちゃんにはね、亜草くんと海行くって言ったよ。そしたら、バイトで遊べないから、《たっちーへ。森野のお守宜しく》って亜草くんに伝言しておいてってメール来たよ。あ! 亜草くんにそのメール転送するの忘れてたー』  森野は笑顔で呑気にそんなことを言う。

『いや、しなくていいって』

 ぼくは苦笑しながら言った。心配しただけ無駄だったようだ。
 森野とは彼氏がいても、純粋に友達として話したり遊んだり出来るから心地よい。他の子だったら、こうはいかないだろう。

 たぶん、それをお互い分かっているのだ。

 森野と一緒にいると、男女の友情もあながち幻想では無いかもしれないと思えるのだ。



(『多幸症―EUPHORIA―③』橘亜草の場合(三)/了)
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