兎
神社まで来た、桜の樹まで来てみたのはいいが
「…いないなぁ」
今日は来てないのだろうか。
「仕事………してるようには見えなかったけど」
よくよく考えてみれば現実味のない人だった気がする。
何て言うか、浮世離れした、みたいな感じ。
陽に透けるような銀色の髪に、燃える夕陽のような紅い瞳。
「綺麗だったな」
もう一度見たいと思う鮮やかな色彩。
「もう少し待ってみようかな」
考えるほどまた会いたくてしょうがない。
「桜」と呼んでくれた声が忘れられない。
自分と同じ名の花を咲かす大木に背中を預け木陰に座り込んで瞼をとじる。
さらさら鳴る葉の音、瞼を透かす白い太陽の光、土草の匂い。
全てが懐かしいような、自分にしっくりくる。