もてまん

「なんか勿体ないですね。折角フランスで成功してたのに」


『楽しい人生だった』

呆気羅漢とそう言い放った千鶴子は、重徳の顔をじっと見てこう付け加えた。


「でも、日本に帰ってきたから、また音楽を始める気になったのさ。

のめりこむことはなくなっちまったけどね」


重徳は返す言葉も無く、その言葉を噛み締めた。


「あらま、もう四時だよ。

今日は随分と長く話し込んじまったね。

彼女とカラオケ、邪魔して悪かったね」


千鶴子は時計に目を移すと、急に慌て出した。


「いいっす、また誘ってくれると思うし」

「それ聞いて、ちょっと安心したよ。

毎週とはいわないからさ、約束のない、暇な土曜、また遊びに来てくれるかい?」


千鶴子は、何故か控えめに、そして少し淋しそうに、繁徳にそう申し出た。

繁徳は、

『はい』と一言頷いた。
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