もてまん

「ほら、ほら、早くおあがりよ」

二人は千鶴子の後について、廊下の奥へ進んで行く。


「グランドピアノあるんですね。すごい!」


ドアを開け放たれた練習室の前で、舞が立ち止まった。


「弾くのかい?」

「はい、少し。四歳から習ってて……」

「そりゃあ、少しって感じじゃないね」

「でも、今受験があるから、ピアノ禁止で……」

「弾きたいかい?」

「そりゃ……」

「あたしは、もう弾けないんだ。いつでも使っていいよ」

「ほんとに? いいんですか?」

「ピアノ弾きがピアノ弾かないでいられるなんて、あたしには信じられないよ」


千鶴子の優しい眼差しが舞に注がれていた。
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