もてまん
「そうなんです。
もうずうっと弾きたくて弾きたくて……
でも家のピアノは、鍵がかかってて駄目なんです。
学校では音楽室に行けば弾けたんですけど、予備校にはないから」
「好きな時に来て、弾くといいよ。
あたしは金曜以外の午後だったら、だいたい家にいるからさ」
「ちょっと触ってもいいですか?」
「どうぞ」
舞はレッスン室に入ると、両手でそうっとピアノの蓋を開けた。
愛しそうに、鍵盤を指で撫でている。
(ほんとにピアノが好きなんだな。知らなかった)
「何か弾いてみるかい? その棚に楽譜があるよ」
「しばらく弾いてないから……」
「あたしたちは、あっちでお茶の用意をしてるから、好きに弾いとくれ。
あ、と、ひとつだけいいかい。
ピアノを弾くときは、このドアを閉めて、必ずこの換気扇のスイッチを入れること」
そう言うと、千鶴子は廊下側の壁にあるスイッチを押した。
微かに鈍いファンの音が聞こえ始めた。
「防音室だからね、気密性がいいのさ。換気扇を回しておかないと空気が足りなくなっちまうからね」