もてまん
「じゃあ、繁徳、あたしらは消えようか」
(俺も舞のピアノ聴きたいな)
後ろ髪を引かれるように、繁徳は千鶴子に促され、渋々足を前へ進めた。
きっとまた聴く機会もあるだろう、と繁徳は自分を納得させる。
それより何より、繁徳は舞と自然に打ち解けている千鶴子に驚いていた。
「いい娘じゃないか」
居間に入るなり、千鶴子が切り出した。
「舞のことですか?」
「そうだよ」
「舞がピアノ弾いてたなんて、知らなかったな。高校では、吹奏楽部だったし」
「ピアノ部なんてないからね」
「そっか……」
「換気扇のことだけどね、あたしは昔、あのスイッチ入れ忘れてピアノ弾いてて、死にかけたことがあるのさ」
「ほんとですか?」
「幸い、通いのお手伝いさんが来る日でね、あたしがいないのに気がついて、レッスン室のドアを開けてくれたから助かったのさ」
千鶴子は、キッチンに立つと三人分のお茶の用意をはじめる。
どこから見ても、千鶴子が鼻歌混じりで上機嫌なのは間違いない。