もてまん
何で電話をかけてしまったのか、繁徳は自分でもわからなかった。
あの日、店は夕方いつものような混みようで、たまに昼からの通しで働いた繁徳は、八時に店をあがる頃にはすっかりくたびれていた。
お金欲しさについバイトを入れてしまったことを後悔しながら、繁徳は、ロッカーで制服のナイロンジャンパーを無造作に脱いだ。
その時、繁徳の制服の胸ポケットから、紫色の名刺がヒラリと床に舞い落ちたのだ。
(そうだよ、こんなのもらっちまったんだった……)
キラキラと手を振る千鶴子の後姿が、繁徳の脳裏に鮮明に甦った。
何故かその姿が、繁徳の頭に焼きついて離れない。
繁徳はモヤモヤとした気持ちを早く振り払いたくて、家に帰るなり、勢いで電話をかけてしまったのだ。