もてまん
そうしているうちに、舞がレッスン室を引き揚げて出てきた。
「なんか、指、全然動かなくって……」
舞の額には、苦しそうな表情が浮かんでいる。
「大丈夫、若いんだから、すぐ勘が戻るよ」
「……」
「あたしゃ六十過ぎた頃から、リュウマチでね、もう今じゃ、ピアノ弾くどころじゃないのさ」
そう言うと、千鶴子は自分の手を大きく開いて見せた。
彼女の手の指の関節は、ところどころ太く腫れ、何本かは少し曲がっているように見える。
「これでも、芸大のピアノ科卒なんだよ」
「うわぁ、すごい」
「ピアニストになるほどの才能はなかったけどね。
しばらくは教えていたこともある。
勘が戻ったら、聴かせておくれね」
「はい。是非、お願いします」
舞は素直に頷いた。