もてまん
デートの段取り
土曜日、二時、ロレアルマンション。
『ピンポン』
と、繁徳は玄関の赤いボタンを押した。
内側からドアが開く。
白く殺風景な玄関には、薄化粧の千鶴子が立っていた。
(あれっ、靴がある)
玄関には白い夏物の女性用サンダルが綺麗に揃えて脱いであった。
「舞、来てるんですか?」
繁徳は驚いて、千鶴子に尋ねた。
「ああ、今日の午後あんたが来るって言ったらね、じゃあそれまでお邪魔しますって。一時頃から弾いてるよ」
練習室の小窓から、ピアノを弾く舞の後姿が見えた。
微かなピアノの音が聞こえる。
窓から伺う舞の指は驚くほど早く動いていて、繁徳は感心して眺めた。
「舞、勘、戻ったのかな」
「そうだね、大分いいんじゃないかい、あの様子だと」
「なんだ、千鶴子さんも聴いてないんですか、舞の演奏」
「舞ちゃんが、いいって言うまでね、待ってるのさ。年寄りは気が長いからね」
「年寄りは気が短いんじゃないんですか?」
「ことによるのさ。今まで生きてきたんだ、この数週間、数ヶ月なんてほんの一瞬さ」
千鶴子は、舞の様子を気にも留めず、表情一つ変えなかった。