もてまん

「そろそろ帰ろっか」

舞はそう言うと、椅子から腰を上げた。

「そうだな、休憩いつ終わるか、わかんないしな……」


二人して出口に向かうと、あの蝶ネクタイの老紳士がレジのところで待ち構えていた。


「千鶴子様から、伺っておりますので、御代は結構ですよ」

「あ、すみません」

繁徳は、ぺこりと小さく頭を下げた。

「今日は素敵でした。

お料理も、おじ様のピアノも。

あ、それに〈星に願いを〉の歌も」

舞が、老紳士に向かってにっこりと微笑む。

「そうですか、それは嬉しいですね。

都会の夜に星は見つけるのは難しいですが、たとえ目には見えなくとも、夜空にはいつでも星がまたたいているんですよ」

老紳士は、流れるようにそう言うと、優しく二人を見つめた。

「そうですよね……」

舞がぼうっと呟く。

「また、是非いらして下さい」

老紳士は静かにドアを開けると、二人を外へと促した。

「またのお出でを、お待ちしております」

彼は、その場で深々と頭を垂れた。
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