もてまん
その日の午後中、繁徳は正徳と、釣り具の点検をして過ごした。
二人して物置から引っ張り出した釣り道具を、一つずつ取り出しては埃を拭き、床に並べた。
そして、釣竿を組み立てたり、リールに油を挿したり、針のストックを点検したりして過ごした。
幸子が買い物から戻る頃には、細々とした釣り道具が居間いっぱいに広げられ、足の踏み場もなかった。
「あなた達、二人で何してるの?」
ドアを開けるなり、幸子が呆れて二人を睨んだ。
「いや、何、月曜に繁徳と二人で釣りに行くことになってな」
「あら、二人で?」
幸子がすこしだけ驚いたように、問うた。
「だって、お前、用事があるんだろう?」
正徳が慌てて、切り返す。
「そうなのよ、残念だわ。
月曜、お友達の展示会誘われてるの。
一緒に行く、ほら裕子、知ってるでしょ、彼女がどうしてもその日しか駄目なんですって。
先月から約束してたから、ちょっと断りにくいのよ」
「東京湾の海釣りだから、母さんのお目当ての温泉はないよ」
幸子をなだめるように、繁徳が口を挟む。
子供の頃は一日かけて伊豆あたりまで足を伸ばし、釣りの後、温泉につかって帰るというのがお決まりのコースだった。
繁徳の脳裏に、懐かしい、子供の頃の想い出が甦る。
電車に揺られて家に着く頃には、繁徳はいつも決まって眠ってしまい、駅から家までの道のりを正徳の背に揺られて帰るのが常だった。