もてまん
六階。
エレベータを降りた中廊下は薄暗く、繁徳は廊下突き当りの窓の明かりをたよりに奥へ進んだ。
言われた通り、千鶴子の部屋は、廊下の一番奥の六〇一号室だった。
ドア左の壁に突き出た赤いボタンを押す。
今度は明るく〈ピンポン〉という音が室内で響くのが聞こえる。
しばらく待つと、内側からドアがガチャっと開いた。
「いらっしゃい。よく来ておくれだね。
このマンションの廊下は、昼、暗くていけないね。夜には照明がつくんだがね」
千鶴子は、ドアからちょっと顔を出すと外の様子を窺った。
「だいたい、初めてこのマンションに来る人はさ、エレベータ降りて、右へ行くのか左へ行くのかで迷うんだよ、暗いからね」
不自然に饒舌な千鶴子。
その様子は、繁徳が不安がってはいないかと気遣っているようにも見える。
招き入れられた玄関には、薄紫色の薄手のニットを着て、サングラスをしてない千鶴子が、ちょっとかしこまって繁徳の様子を窺っていた。
サングラスをしてない千鶴子は、綺麗に髪を整え化粧をしてはいるが、顔に深い皺を刻み込んだ歳相応の老婦人に見えた。
(まさか、自分んちの中でサングラスはないよな……)
繁徳は、素顔の老人然とした千鶴子の姿に戸惑っていた。
瞬間、繁徳は、自分が何を千鶴子に期待していたのかを悟る。
繁徳には、力強く光を放つその瞳が、不自然に生き生きとした瞳が、自分に何かを語ろうとしてるのがわかったのだ。