もてまん
舞が慣れた手つきで、六〇一のボタンを押した。
「はい」
と、千鶴子のかしこまった声が風除室に響いた。
「千鶴子さん、わたしです」
「あぁ、舞さんだね。繁徳も一緒かい?」
「はい」
「今、開けるよ」
エレベーターホールで待っている間、舞が小声で繁徳に囁く。
「あたし、昨晩は緊張して、眠れなかったんだ……
昨日は一日、ほら、ピアノは弾けないから、頭でシュミレーションして、こう弾いてる自分を想像して……
ほら、イメージトレーニングってやつ」
少し掠れた小さな声が、舞の緊張を伝えていた。