もてまん
六階で降りて、廊下を右へ行く。
今度は繁徳が、部屋の呼び鈴を押した。
〈ピンポン〉と明るい音がして、中からドアが開くと、こちらも緊張した様子の千鶴子が顔を覗かせた。
見た目も何処かいつもと違う。
(あっ、そうか、服が違うんだ)
千鶴子はいつものエレガントな装いとは違った、カッチリとしたグレーのスーツを着込んでいた。
「いらっしゃい」
語尾を強めた声からも緊張が伝わってくる。
繁徳も自ずと背筋を伸ばし、身を引き締めた。
「すぐに弾くかい?」
「あの、ちょっと、指馴らしして良いですか」
「あぁ、そうだね。じゃあ、あたし達は居間で待ってるよ。
準備が出来たら、声かけておくれ」
繁徳は千鶴子に付いて、奥へ進む。
居間のドアを閉めたとたん、
「ふぅ~っっ」
千鶴子は、大きく一つ深呼吸をした。