もてまん
繁徳は呆気にとられて、その様子を眺めていた。
今度は一つ一つの音が大きく響き、ゆっくりと染み入ってくるスローな曲だ。
メロディの波が繁徳に押し迫ってくる。
舞の心の響きが、繁徳に伝わってくるような、そんな錯覚が起こった。
隣りの千鶴子は、やはり目を閉じてじっと聞き入っている。
最後の音が、静かに消えて行った。
繁徳はいつしか我を忘れ、手を叩いていた。
千鶴子が静かに立ち上り、大きく息を吸ったあと、ゆっくりと話し出した。
「上手い、下手というなら簡単さ。
舞さんは上手いよ。
でもね、音楽っていうのは、ただ上手いってだけじゃ駄目なんだよ」
「はい、解ります」
「あたしもピアノをやってた者の端くれとしてね、その違いは痛いほど解っているつもりさ。
音符に踊らされるような奴は、音楽家にはなれない」
「……」
舞が固く口を結んだ。