もてまん
(そうだな、舞のピアノ、俺の心にも響いたものな)
千鶴子は実にいいこと言う、と繁徳は思った。
ただ、舞の母が、舞がピアノを続けることに反対なのが気に掛かった。
戸惑う舞に、千鶴子が歩み寄り、その肩に優しく触れた。
「芸大のピアノ科を受けるといい。
受験料も安いし、月謝もね。
あたしの店でこの間会ったピアノマン、覚えてるかい?」
「千鶴子さんの伴奏なさってた、蝶ネクタイの……」
「そう、彼はもう引退したけど、芸大の教授だったんだよ。
あたしの後輩さ。
来週から月に一、二度、彼からレッスン受けるといい。
あたしから頼んでおくからね」
「えっ、でも、まだ母が……それに、教授料がお払いできません」
「いいんだよ。彼だって、暇なんだ。
あたしの楽しみを分けてあげるんだ、文句は言わせないよ」
「……千鶴子さん、ありがとうございます」
舞の声は溢れる涙で更に上ずっていた。