もてまん

「ご承知の通り、あたしゃ、明日の朝から旅行だからね。

今日はもう二人でお帰り。

レッスンのことは、これから増田に連絡しておくから。

ステージじゃ、城颯なんて気取った芸名で通してるけど、彼の本名は増田……。

あの店のオーナーは、ほら、ステージ前に座ってたご婦人なんだけどね、彼は運営その他全てを任されてる雇われマスターなのさ。

司会をしてたのは、彼の娘さん。彼女も元オペラ歌手だよ。

あの店、平日の夜は、主にクラッシック系の新人のステージをやっててね。

つまりはクラッシク版、スター誕生みたいな場なのさ。

影ながら、売れない音楽家を支える、老人クラブってとこだね。

あたしが居ない間、何かあったら、店を訪ねるように。

彼は頼りになるよ」


と繁徳に向かって一気にまくし立てた。


「いつ連絡が来てもいいように、楽譜、読み込んでおくんだよ」


と今度は舞の方を振り向いて、少しだけ厳しい口調で指示をした。


「連絡って……」

「そうか、家に電話はだめだったね……

今晩には、はっきりさせて置くから、九時半頃、電話おくれよ」


千鶴子の瞳が真剣な面持ちで宙を泳ぐ。


「わかりました」


舞が静かに頷いた。
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