もてまん
店の扉には、準備中の札が掛かっているが、中には明かりが見えた。
繁徳は、取っ手に手をかけると、少しためらいながら静かに扉を引く。
「すいません」
声を掛けると、奥から、ポロシャツ姿の紳士が現れた。
蝶ネクタイ姿ではないが、その顔には見覚えがあった。
彼がマスターの増田に違いなかった。
「申し訳ありませんが、本日の営業は夜七時からでございます」
増田は丁寧な口調で頭を下げた。
「いえ、あの、僕達、先日千鶴子さんに招待されてこの店にお邪魔させてもらった者なんですけど……」
「あぁ、あの時のお若いカップルの方ですね」
とたん、増田の顔が綻んだ。
「とすると、そちらのレディーが舞さんですか?」
「はい。北島舞です」
「千鶴子様から、伺っております」
増田が、確認するようにじっと舞を見た。
「で、その千鶴子さんなんですけど、旅行から戻られたみたいなんですが、マンションにいないんです。
どこへ行かれたか、ご存知ありませんか?
私達、心配で探してるんです」
増田は、舞の言葉を聞くと、急に顔色を変えた。