もてまん
「遠慮しないで、食べとくれよ。あんたのために焼いたんだから」
繁徳はクッキーをひとつ摘んで口に入れた。
それはバターの香りが口中に広がる、サクサクと香ばしいクッキーだった。
(嗚呼、母さんに教えてあげたら喜ぶだろうな)
繁徳の頭に浮かんだのは、何故かこのクッキーを食べて喜ぶ母の顔だった。
繁徳の母は『究極のレシピ』を探すと言っては、図書館でお菓子の本を片っ端から借りてきては、クッキーを焼いていたのだ。
けれども、それぞれのレシピには少しずつ難があった。
粉が多くて固い、とか、バターが多くてまとまり難い、とか。
アーモンドの粉を入れたらどうか、とか、卵は卵黄だけにしてみたらどうか、とか色々試しては首を傾げていた母の様子を、繁徳は思い出す。
(こんなに美味しいクッキーにあたったことあったかな?)
「すごく美味しいです」
「あたしの『究極のレシピ』だからね」
その言葉に、繁徳は千鶴子を更に身近に感じていた。
(『究極のクッキーレシピ』がここにあった、と母さんに教えたらどんな顔をするだろう?)
繁徳がそんな考えに囚われて、ぼ~っとしていると、
「さあて、あんたの名前をまだ聞いてなかったね」
と、千鶴子の声に現実に引きもどされた。