もてまん
「あっ、そうでしたね」
繁徳は手についたクッキーの粉を無造作に払い、身仕舞いを正した。
「僕の名前は、黒澤繁徳。
この春高校卒業して、現在浪人中です。
家族は父と母と僕の三人です」
繁徳は何だか緊張して、言わなくて良いことまで口走っていた。
「黒澤ね。黒澤明の黒澤だね」
千鶴子は、妙に納得して相槌を打った。
(黒澤明が好きなのかな?)
「はぁ、まぁ、同じですね。でも、親戚じゃないですよ」
と、繁徳は軽く否定する。
でも、千鶴子はそんなことお構いなしに話を進めていく。
「なんで浪人中なんだい?」
「えっと、それは、志望の大学に受からなかったからで……」
「志望の大学ってどこだい?」
「早稲田の政経です」
「いいとこ狙いだね。政治家志望かい?」
「って訳じゃ……
政経はつぶしがきくし、就職に有利だから……」
「なんだい、大学は就職予備校かい?」
「って訳じゃ……」
「まぁ、あたしも人様のことはとやかく言えないけどね」
「あたしは、音大出て、中学の音楽教師になったのさ。
それも、音大はピアノ科でね」
そして、千鶴子は小さくため息をついた。