もてまん

「バイパス手術って、大変な手術なのよ。

胸を真ん中から大きく切って、何時間もかかるの。

手術の後も傷口が回復して、普通の生活に戻れるまで、とっても大変なのよ。

リハビリもきついしね。

でも、千鶴子さんは泣き言一つ言わなかった」


「凄いな」

「そう、凄い人なのよ、千鶴子さんて……」


「でもね、あたしが出会った頃の千鶴子さんは、四十台、今の私と同じ年頃。

まだ若くて綺麗だった。

ちょっと淋しげなところが神秘的で、子供のあたしから見ても素敵な人だった。

父と出会ったのは、六十台、もうシワシワのお婆ちゃんよ。

父がなんで、そんな千鶴子さんに惹かれたのか……

今でも不思議なの」


「タイミングじゃないですか」

「タイミング?」


「そう、出会うべき時に、出会うべき人と出会ったってこと。

これも千鶴子さんの受け売りですけど」


「あたしにも、そういう時が来るのかしら?」


綾の縋るような視線が、繁徳を捕らえた。


「たぶん」


繁徳は諭すような気持ちで頷いた。


たぶん、きっと。


繁徳には、綾にも出会いの時が訪れる、そんな確信があったのだ。
< 254 / 340 >

この作品をシェア

pagetop