もてまん



四時を少し回った頃、居間の扉が開いて、舞と増田が二人して部屋に入って来た。



「あら、お父様、お早いじゃない」

綾が、二人を気遣って声をかけた。


「いや、今日はまず演奏を拝聴するのが目的だからな。

本格的なレッスンは次からだ」


「舞さん、だったかしら?

覚悟しておくのね。

父のレッスンは相当厳しいわよ」


「綾さん、そんなに舞を怖がらせないでくださいよ」


繁徳が慌てて、綾を睨んだ。


「あら、あたし大丈夫よ。覚悟はできてるの」


舞がそんな風に言って、繁徳を制した。


「千鶴子様も舞さんのこと、今どき珍しく根性があると褒めてらっしゃいましたよ」

「千鶴子さんが?

じゃあ、なお更、頑張らなくちゃ!」


舞の頬が紅潮してくる。


(舞、無理してるんじゃないだろうか?)


「舞、お茶の用意してたんじゃなかったっけ」

「あっ、そうだった。

お二人共、お掛けになっていて下さい。

すぐ、お茶を入れますから」


キッチンに向かう舞の背中を、繁徳は追いかけた。
< 256 / 340 >

この作品をシェア

pagetop