もてまん



「舞、どうだった?」



繁徳はポットにお湯を注ぐ舞の横から、小声で問いかける。


「シゲ、増田さんも信頼できる方よ。

はい、カップもう一つ」


舞は繁徳の手にカップを一客渡しながら、ちょっと興奮した様子で笑い返した。


(そうか、良かった)


増田と綾、舞と繁徳、四人でソファに腰を下ろし対峙する。

気まずい雰囲気の中、四人は夫々にカップに口をつけた。

開け放たれた窓からは、穏やかな風が吹き込んでくる。


「お父様、次のレッスンは何時になさるおつもり?」


綾が会話の口火を切った。


「千鶴子様は来週には退院なさるおつもりのようですので、再来週あたりではどうでしょう、舞さん」

「ええ、私は構いません。

でも、千鶴子さん、無理なさってるんじゃないかしら?」

「千鶴子様は、一度こうとお決めになったら実行なさるお方ですから。

恐らく、今日の午後あたりから、リハビリ始めておいでですよ、きっと」


「え~っ、昨日手術したばかりなんでしょう?」


「今回はカテーテル治療ですからその影響はさほどないと思いますよ。

ただ、ここ数日は寝たきりでしたし、発作のダメージで身体全体の機能が落ちてますからね。

今の千鶴子様にとっては、ベットから起き上がることもままならい状態でしょう」

「なら、そんなに無理しない方が……」

「七年前のあのお姿を見ていた者としては、とても口出しはできませんよ。

千鶴子様は血のにじむような努力を重ねて、ステージにお立ちになったんですから」

「じゃあ、全ては千鶴子さん次第ってことですか」



「そう、私達には見守ることしかできません」



増田は、何か強い決意をしたように、じっと窓の外を見つめながらそう言った。
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