もてまん
母の家出

繁徳が家に入ると、居間にはまだ明かりが灯っていた。

玄関には正範の靴もある。


(父さん、今日は珍しく早いんだな)


「ただいま……」

繁徳は、いつものように居間の扉を開けた。


(うわぁっ、父さんと母さんが抱き合ってる……)


目にした光景に繁徳は、思わず後ずさる。


(そうならそうと言ってくれよ、俺、どうすりゃいいのさ)


見て見ぬ振りを決め込もうと、部屋をあとにしようとした。


「繁徳」


目を真っ赤に泣き腫らした幸子が、顔を上げた。


「俺、部屋に上がるよ。夕飯はいらない」

「だめよ、食べなさい」

幸子が涙をぬぐって、正範から離れるた。


「いいのよ、もう話は済んだんだから」


幸子が明るく笑って、そう言った。


「話って……」

「ほら、例のあれだ」


と、正範が照れくさそうに呟く。


(あぁ、あの話か。父さんの夢の話ね)


「繁徳は知ってたんでしょ、父さんの夢の話。

水臭いじゃない、あたしだけが知らなかったなんて」


「だって、そう言うことは、本人から直接聞くのが筋でしょ」


繁徳は、行き場を失って立ちつくしていた。


「まぁね、それはそうね」


幸子が台所に立ち、ゴソゴソと食事の用意に動き出した。
< 285 / 340 >

この作品をシェア

pagetop