もてまん
母の家出
繁徳が家に入ると、居間にはまだ明かりが灯っていた。
玄関には正範の靴もある。
(父さん、今日は珍しく早いんだな)
「ただいま……」
繁徳は、いつものように居間の扉を開けた。
(うわぁっ、父さんと母さんが抱き合ってる……)
目にした光景に繁徳は、思わず後ずさる。
(そうならそうと言ってくれよ、俺、どうすりゃいいのさ)
見て見ぬ振りを決め込もうと、部屋をあとにしようとした。
「繁徳」
目を真っ赤に泣き腫らした幸子が、顔を上げた。
「俺、部屋に上がるよ。夕飯はいらない」
「だめよ、食べなさい」
幸子が涙をぬぐって、正範から離れるた。
「いいのよ、もう話は済んだんだから」
幸子が明るく笑って、そう言った。
「話って……」
「ほら、例のあれだ」
と、正範が照れくさそうに呟く。
(あぁ、あの話か。父さんの夢の話ね)
「繁徳は知ってたんでしょ、父さんの夢の話。
水臭いじゃない、あたしだけが知らなかったなんて」
「だって、そう言うことは、本人から直接聞くのが筋でしょ」
繁徳は、行き場を失って立ちつくしていた。
「まぁね、それはそうね」
幸子が台所に立ち、ゴソゴソと食事の用意に動き出した。