もてまん

「で、

『私としては芸大の受験をお勧めしたい。

今まで、彼女から、ご両親が音楽の道に進むことを反対なさってると伺い、内緒で舞さんの練習を見させて頂いておりました。

だが、もう十一月、来年二月の試験までもう間がありません。

もし本気で取り組むなら、時間が惜しい。

どうか私を信じて、お嬢様を私にお預けいただけませんでしょうか』って」


「あの日のことは、一切触れずにか?」


繁徳は、話の中に舞の母のことが全く出てこないことに驚いていた。


「そう、一言も」


舞が大きく頷いた。


「ママは、ちょっと興奮しかけたんだけど……

きっとあたしを取られるって思ったんだと思うの。

でも、パパがすかさず、

『舞を大切に思うなら、信じてお願いしよう。君には僕がいる。二人で舞の成長を見守ろう』って。

いつもはよそよそしいパパが、しっかりママの肩を抱いて支えてた」


「不安ってのがね、心の病には一番良くないのさ」


千鶴子が静かに頷いた。


「舞さんのお母上もね、ご主人との関係が不安で、心が病んだんだと思うよ。

増田の話じゃ、ご主人はお母上のそんな状態も理解した上で、自分の責任を強く感じておられたそうだよ」


「パパはママのこと、まだ愛してたってことですよね」


舞が確認するように千鶴子を見る。


「そうだね、つまりはそういうことさ」


千鶴子は、いたって当然という風に、落ち着いて答えていた。
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